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最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)2897号 判決 1953年7月08日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人米田正弌の上告趣意について。

原判決は「被告人は昭和一八年頃からその所有にかかる愛媛県温泉郡浮穴村大字井門字浦田三〇九番地田一反三畝四歩を花山松九郎に対し、同所北五反八一三番地田二反三畝一二歩を渡部季高に対し、いづれも反当り二石の小作料で賃貸していたところ、犯意を継続して昭和二二年六月頃前記村内において愛媛県知事の許可を受けることなく右花山及び渡部と合意の上前示各農地の賃貸借契約を解除してその返還を受けたものである」旨の本件公訴事実を認定し、右被告人の所為に対し農地調整法(昭和二二年一二月二六日法律二四〇号による改正前の)一七条の五第二号、九条三項、昭和二一年一〇月二一日法律四二号附則三項を適用処断したのである。

しかしながら前示改正前の農地調整法九条三項、及び昭和二一年法律四二号附則三項によれば、農地の賃貸借の当事者が、賃貸借の解除若しくは解約を為すには命令の定むるところにより地方長官の許可を受けなければならない旨規定されていたのである。ここにいわゆる解除若しくは解約とは一般に契約の当事者が一方的意思表示により契約を消滅せしめることを指称し、合意による解除、解約を意味する場合においては特にこれを明示して合意解除、合意解約と称するのを通例とするのであるから、前示法条は当事者が一方的意思表示により賃貸借を消滅せしめる場合に関する制約を定めたに過ぎないものであって、当事者が合意により農地の賃貸借を終了せしめる場合にまで地方長官の許可を必要とするものではないと解せられるのである。そして右法文をかく解したからとて農地調整法の運用上何等支障を生ずべき筋合はないのであって、しかもこの見解は当時民事裁判上一般に採用せられていたところであり(昭和二五年(オ)五九号事件昭和二六年三月八日第一小法廷判決、判例集五巻四号一三七頁以下、昭和二六年(オ)三八四号事件昭和二七年一一月七日第二小法廷判決、判例集六巻一〇号九七七頁以下参照)、殊に小作調停事件において、当事者が合意により農地の賃貸借を終了させようとする場合には地方長官の許可を要しないものとして事件は処理せられていたのである。尤も後に昭和二四年六月二〇日法律二一五号により右九条三項に「賃貸借ノ解約ガ小作調停法ニ依ル調停ニ依リ為サレル場合ハ此ノ限ニ在ラズ」との但書が追加規定されるに至ったのであるが、それは後述するように右九条三項の解約には合意解約を含むとの改正規定がなされた後であって、裁判上は立法当初以来かかる特別規定をまつまでもなく合意により農地の賃貸借を解除することを内容とする小作調停には地方長官の許可を要しないものと解せられていたのである。しかるに前掲農地調整法改正法律二四〇号により右九条三項中「解約」を「解約(合意解約ヲ含ム以下同ジ)」と改められるに及んで、この改正法律はいわゆる解釈法規として遡及効を有し農地調整法九条三項は立法当初より合意による解除若しくは解約の場合をも規定していたことを明確ならしめたものと解し得るが如き観を呈するに至ったのであるが、少くとも罰則の適用に関する限り、かかる見地に立って前示法律改正前の行為を所罰することは、罪刑法定主義の原則に悖り到底認容し得ないところというべきである。されば本件公訴にかかる被告人の所為は右改正前の農地調整法九条三項に違反することなく何等罪を構成しないものたること明白であるから、前段説示のとおり被告人に対し有罪の言渡をなした原判決は失当であり、全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって旧刑訴四四七条四四八条三六二条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎)

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